FC2カウンター いちじくりん 柴田先生が汲み取ってくださった、宮ぷーの思い
いちじくと凛とMINIのアル。それから新しいきょうだいの四つ葉、そして山元加津子のおかしな毎日。
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鹿児島にいます。たったお一人の方の思いが300人の大きな映画上映会と講演会にむすびついたのだと知って、ものすごく感激しました。ありがとうございます。

私はそのことを知って、ここ何日かずっと考えてきたことをまた考え続けています。

8月18日はとてもとても大切な一日でした。とても大切な日だからこそ、みなさんにどんなふうにお話しようととても慎重に書いています。
うんと前に、宮ぷーの気持ちをどうしても、知りたい、何か脳波の装置だとかどんな方法でもいいから知りたいのですということをいちじくりんに書かせていただいたことがあります。東京の野村先生が、メールをくださって「柴田保之先生に会ってみてください。きっと宮田さんの気持ちを文章にしてくださいます」と言ってくださいました。
野村先生にうかがって、私と柴田先生はうーんと前から、共通の友人がいっぱいいることがわかりました。障害を持っているお子さんとのコミュニケーションの手段や、子ども達とのおつきあいの方法をずっとさぐってこられた、金沢大学の木村先生や、亡くなられた北海道の橋先生や、それから、今、東大におられる福島智先生も、みんな先生のお友達だったり、お仲間だったということがわかりました。私の心から尊敬している先生方と、同じ思いで進んでこられた柴田先生とお会いできることが、とてもとてもうれしかったです。
柴田先生も木村先生や、高橋先生と同じように、障害が重いお子さんとコミュニケーションをとることをとても大切に考えられて、子供たちの気持ちを探ることをずっと考えてこられた方とのことでした。

私はお会いする前の晩に不思議な夢を観ました。それは私がペンを持ち、宮ぷーが私の手に添える形になって、私が字を書いて、宮ぷーの気持ちを綴っていくという夢でした。夢は偶然かもしれないけど、今日、國學院大學の柴田先生が来られるのが気になっているのだろうかと思いました。それから、柴田先生が来られることに期待をしていてこんな夢を見るのだろうか?それとも、先生は何か、私たちが思ってもいない方法で気持ちを読み取ることを教えてくださるのだろうか?ってそう思いました。
松任駅へお迎えに行かせていただくと、柴田先生も奥様も初めてでも本当に穏やかにいてくださって、私はほっとしました。
そのあと、まるで夢の中のように、いろんなことがおきました。
先生は宮ぷーの手をとったのです。そして、「最初に、お互いがわかっていることから始めましょう」とおっしゃって、宮ぷーの手首をそっととって、手を上下に揺らしながら、「あ・か・さ・た・な」と早いスピードで言われました(以後はスキャンされた)。
そしてその次に、さらに早いスピードで同じように、「あ・か・さ・た・な・・・」とスキャンをされるのです。宮ぷーが言いたい文字のところで、先生は、宮ぷーが、意識をしているわけじゃないけど、たぶん無意識に先生の手にブレーキをかけると言うのです。
だから、揺らしている方は手にかすかな重力を感じる。それを読み取ることで、相手の気持ちを文字にしていけると先生が言われました。
たぶん携帯のメールのように、予測変換をされるとのことで、たとえば、「こんにちは、柴田と言います」の答えで「よ」と出ると、先生は、「よろしくお願いします」と言いたいのだろうかと予測して、次は「あ」からスキャンせずに「は・ま・や・ら・わ」と「は」からスキャンを始められ、それして「よ・ろ」でかすかな重力を感じたときに、先生の口からは「よろしくお願いします」という言葉が宮ぷーの言葉として伝えられるのだと思うのです。でも、最初は私はそんなことを少しも、ほんの少しもわからずにいました。
先生は次々にスキャンを続けてくださいました。

「素敵なやり方ですね。不思議です。考えただけで勇気が出てきました。面倒をかけて申し訳ありません。理解してもらえてすごくうれしいです。夢のようです。見たこともないやり方ですね。誰が考えたのですか?見つけたのは誰ですが? もっと広がったらいいですね。理解してくれてうれしいです」
これが先生が、宮ぷーのかすかな動きを感じて、伝えてくださった宮ぷーの思いです。
先生はこれまでも、コミュニケーションをとることが不可能と思われたたくさんの子供たちの思いを同じ方法で、引き出されてこられました。
その方法は、とても不思議な感じがします。私は、最初は何が起きているのかわからなかったのです。
だって、宮ぷーの気持ちをずっと知りたくて知りたくて、この半年の間、ずっとそのことを思ってきたから。
目の動き、目の玉の動き、手の動き・・・どこかで宮ぷーが気持ちを伝えてくれるところがないかと毎日知りたくてあるときは、自分の呼吸さえ、宮ぷーの気持ちをみのがすのじゃないかと思って、息をひそめるようにして、見つめてきたはずでした。そして宮ぷー自身も、目の玉の動きや、手を動かすこと、集中して脳波を出すことで、気持ちをなんとか伝えようとしてくれていたのです。
それを、たった今、初めてこられた先生が、宮ぷーの思いを、すらすらとおしゃべりをし、奥様がそれをノートに綴ってくださっている、それが目の前で繰り広げられているのです。
私はいろんなことを柴田先生と奥様にお尋ねしました。それは、柴田先生の方法を否定しようという思いからでは決してないのです。
むしろ逆で、自分がその方法をしっかり理解したい。そのためには疑問を持ったままではいけない。その疑問を全部すっかりなくして、先生の方法をできることなら自分もいつかできるようになって、宮ぷーの思いをしっかり知りたいという気持ちがわき起こってきたのです。
先生はパソコンの方法も教えてくださいました。今、目の前でみせてくださった方法は、先生が口でスキャンをして、宮ぷーの思いの読み取りをされて、そして先生の口から出た言葉を奥様が記録してくださるという方法でした。
その方法に比べて。パソコンは、二人でなくても一人でできる方法なのだと思います。二点スイッチという手作りのスイッチを先生が手に持ちながら、宮ぷーの手を同じように支えておられます。
パソコンでは声が出るハーティーラダーと同じようなソフトが画面に現れ、「あ・か・さ・た・な」とスキャンをしていきます。先生が二点スイッチを使って、宮ぷーが、その文字のところで先生の動きをとめるような動きというか、先生が手に重さを感じたときに、スイッチを押して、それが、パソコンの画面に現れる。そうして、先生と奥様が一緒にされたと同じように、宮ぷーの思いが画面に現れていったのです。
パソコンに現れた宮ぷーの言葉です。
「信じられませんが、願いがかなって感激しています。みんなに感謝の気持ちでいっぱいです。憎しみとか悪い気持ちを小さいときから持ってきましたが、僕はようやく、そんな気持ちから自由になることができました。未来の事はわかりませんが、理解されることを頼りにがんばりたいと思います」
私はこれまで宮ぷーといて、すごくすごくゆっくりとスキャンをしてきました。私がゆっくり「あ、か、さ、た、な」とスキャンをして、宮ぷーがそのスキャンにあわせて、なんとか目をぱちっとしようとするのを待っていました。なかなかうまくいかなくて、私が、「いまだよ、いま、パチだよ」というふうにしてきたのです。とにかく宮ぷーの思いを待っていたからなんだけど、今、どんな言葉を綴っていたか、こんなに長い時間だからわからなくなると思って、これまでに綴った文字を、順番に言い続けて来たのです。宮ぷーがこんなに長い文章を、いったいどこまで言ったのか、画面も見ていないのにどうしてわかるのかが不思議でした。
先生に、そのことを尋ねると先生は
「じゃあ、宮田さんに聞いてみましょう」と言われました。
「自分の言葉だからわかります。そんなに大変ではありません。私の気持ちをそのまま話しているだけです。大変に見えるかもしれません」と宮ぷーが先生の手を通して言いました。私は、宮ぷーらしい言い回しでないことがとても、不思議でした。その時点で一文字ずつスキャンしていると思い込んでいて、予測変換をしているということがわかっていないから起きてくる疑問でした。
もし、ハーティーラダーのように、宮ぷーの気持ちを一文字一文字、拾うなら、宮ぷーらしい言い回しになると思ったからだと思うのです。
けれど、パソコンに現れた宮ぷーの気持ちは私にはよくわかりました。
宮ぷーは前からずうっと優しい人です。憎しみとか悪い気持ちとかは誰だって心の中に持っているものだと思うのです。
私と出会う前の二十年近くは、宮ぷーにとって大変な時期でした。前にも書いたけど、お父さんを病気で突然亡くされ、お母さんが病気になったりして、とても大変な時期をすごしました。いつの頃からか、宮ぷーは人を信じることができなくなっていたと言いました。妹と、僕は二人とも、家族以外を信じることができなくなったと。そして、倒れる少し前だったと思うのだけど、でも、それは小さい頃からの癖だったかもしれない、なのに、かっこちゃんに会って、人というものは信じるに値すると思ったよと話してくれたのです。けれど、かっこちゃんは人を信じすぎる。それが心配だとも言いました。
倒れてから、たくさんの方が本当に、いつもいつも絶えず宮ぷーの力になってくれていたから、きっと宮ぷーはとってもうれしかったのだと思います。

先生が、宮ぷーと気持ちを通わせようとされているのを見て、家に帰ってから、考えていることは、宮ぷーの頭の中にある言葉が、同じ意味でも柴田先生の頭の中の辞書に置き換わるのじゃないかということです。
それは考えれば、あいうえおとスキャンもしているわけだから、本当に不思議なことだけど、それはありうるような気がしていたのです。
それから、もうひとつ考えたことは、あるいは、宮ぷーの中に広がった言葉を、先生はご自分の中におろされるために、スキャンという作業をしているのじゃないかということでした。先生と奥様が、おっしゃっておられたことのひとつに、「男の子が思っただけで、言うつもりのないことまで、先生は、言葉にしてしまうと文句を言われたことがある」という言葉がありました。
言うつもりもないことを、先生が感じ取る。それはいったいどういうことでしょう。
何度か宮ぷーといて、宮ぷーの言葉が私の中に広がったことがありました。「病気をかわってあげられなくてごめん、何もできなくてごめんね」と私が言ったときに、私の頭の中には宮ぷーの言葉として「かっこでなくてよかった。僕でよかった」と言う言葉でした。あまりにリアルにその言葉が広がったので、それは本当に宮ぷーが思ったことなんだなあと私は感じたのです。
私がその話を柴田先生にすると、宮ぷーは「僕の気持ちをわかってくれてうれしかった」と柴田先生の手を通して話してくれました。
そんなふうに、気持ちは相手に、何か光のように、携帯のメールが空中を飛ぶように、相手に、言葉の本質が伝わることがあるのじゃないかと私は今はぼおっとしながら、柴田先生の手を思い出して考えています。。
そうであれば、宮ぷーの言葉が、宮ぷーらしくないのも頷けるし、先生の辞書でその本質を表現しているというのは、すごく今まで、私が子ども達といて、思ってきたこととおんなじだと思えたのです。
それから、学校の子ども達といて、私が見た夢のように、私がボールペンを持ち、言葉のないと思い込んでいたお子さんを私の手の上にかぶせると、私の手が自然と動き出して、そのお子さんの言葉が出てきたんだと思ったことは何度かありました。
でも、それはなかなか信じてはもらえないことでした。だって書いていたのは私で、私は力を抜いていて、子どもさんの手が私を動かしていると感じたけど、見ている側からすると、どうみても私が書いているとしか思えないし、子どもさんは、私の手に集中しているわけでもなく、違う方向を見ていたりするから。
それから、大ちゃんが詩を作ってくれていたとき、大ちゃんはまず自分の口で言ったことばを私が書き取り、それを大ちゃんが写すという手順を必ずとりました。私は大ちゃんが自分で言って自分で書いたら、一人でできるのになあと何度も思いました。でも、大ちゃんは「詩は二人のときに作るもんや」と決して一人で作ることはしませんでした。そのために、今でこそ、そんなことはありませんが、当時、「詩は山元さんか、周りの大人が作ったものやないか」と言われてしまったことがありました。それは本当に悲しく、さびしい気持ちがしました。
そういう経験をしていても、目の前のことはやっぱりあまりに不思議でそして、あまりに素晴らしいことでした。
「私にもできますか?」と言うと、奥様も柴田先生も「できます」とおっしゃってくださいました。
私は、この頃、宮ぷーがゼリーの味見をさせていただいているので、おみやげに、「リンゴのゼリーとオレンジのゼリーとどちらがいい?」という質問を考えました。

りんごの「ラ行」もみかんの「マ行」も通り過ぎるけど、あまりよくわからない。
あー、どうして私にはわからないのだろうとがっかりしていると柴田先生が
「思いが強すぎるほどわからないということがあるんです。子どもさんのお母さんが1番わかりにくいということがあるんです。でも、必ずできます」と言ってなぐさめてくださいました。でも、でも、わかりたいです。どうしてもどうしてもわかりたいのです。

柴田先生はいろんな方がこられても、ずっと待っていてくださいました。
そして、宮ぷーが伝えたいことをどんどん手で伝えてくださいました。
本当にすごい早さでスキャンをされるのです。
「気になることはない?」と私が宮ぷーに聞くと
「特にありませんが、少し気になっているのは学校のことです。人間としての輪を大切にしてもらいたいと子どもたちに伝えてもらえたらうれしい。よい子ども達ばかりですから、願いを伝えたいです。きっとまた会えると思うので、待っていてくださいと伝えてください。よろしくお願いします。勇気を持って生きていきますので、みんなも頑張ってください。とくに理解してほしいことは、勇気を忘れないということ。勇気を忘れなければ。私もきっと私らしく生きていけると思いますので、みんなもみんならしく生きてもらいたいです。私も私らしさを大切に生きていきたいと思います」と宮ぷーは先生の手を通して言いました。
宮ぷーは筋ジストロフィーという病気をかかえているお子さんと一緒に勉強を倒れるまでずっと続けていたのです。子ども達のことをきっとすごく気にしているのですね。そのあと、「あ、対象を変えられたのですね」と柴田先生がおっしゃいました。
「よく理解してくれてうれしいです。夢みたいです。よく理解してくれてうれしいです」
これは先生に対して宮ぷーが思ったことなのですね。
それから、今後のことも宮ぷーは伝えてくれました。
「とくに希望はありませんが、病院を変わらなければいけないのだとしたら、留守の家のことが気になります。家に近いところがいいけれど、家族が来てもらいやすい病院が1番いいです」
私が「来れる家族というのは妹さんだけなのです。あとは私が来ています」と先生に説明をしました。
私はその時点で、家族はというのはどういうことかなあと思ってしまったのです。もしかしたら、そのとき、宮ぷーが恭子ちゃんと私のことを思って、二人がと思って、でも、先生のところに来ると先生の辞書やイメージで、二人は家族がという言葉に置き換わったのかもしれません。
「理解をしてもらえる病院がいいです。理解をしてくれる病院を知っていますか?」
私はまた「理解をしてくれる」という言葉に戸惑いました。何を理解してくれると言っているのだろう。私は、先生の辞書と宮ぷーの辞書で少し違っているのかなと思いながら、宮ぷーがあらたまったお話しの仕方をしているようで、そして、宮ぷーらしくない言葉が次々と出てくると,何度もとまどうのです。
「理解してくれる病院はどこでもいいですが、みんなが便利なところがいいです。よい病院を探してくれますか?お願いします」先生の手で宮ぷーはそう話しました。

「私にしてほしいと思っていることはある?」私がそう聞くと、宮ぷーは先生の目をじっと見ていました。もし、もし、先生が話してくださっていることと宮ぷーの思いが違っていたら、宮ぷーはこんなにもずっと先生を見つめたりはしないなずです。違うよとぷいと違う方向を向いたり、目を閉じてしまうはず。だから、先生が伝えてくださっている思いは宮ぷーの思いだということには間違いのないことだと思いました。
それなのに、「論文を書いてください。私のことについて書いてください。勇気がほしい人がたくさんいると思いますので、論文を書いてください」宮ぷーの言葉にまた戸惑うのです。
「論文ってなあに?論文なんて私は書けないよ。毎日書いている日記のこと?続けていけばいいのでしょう?」
私は宮ぷーが倒れてから毎日、日記をつけています。そしてそれを宮ぷーに読むのが毎日の日課です。
「はい、日記のことです。それでいいです。近日中にお願いします」
「近日中って? だって毎日書いているでしょう。毎日、いつも宮ぷーに書いているものを聞いてもらっているでしょう」

それから私にはこんなふうに言ってくれたよ。
「かっこさん、理解してくれてうれしいです。大変なことばかりで申し訳ありません。きっといつか恩返しをしたいとおもいますので、待っていてください。理解してくれてありがとうございます」
なんて他人行儀なんだろうと私はまたとまどうのです。でも、それは先生が予測変換をしてくださっているから、かっことなったときに、かっこさんと変換するからで
「かっこ、わかってくれてありがとう。いつも苦労かけるね。でもだいじょうぶだから、待っていてね、僕が全部わかっているということ、いつも信じてくれてありがとう」きっとそう宮ぷーが言いたかったのだと、あとで奥様が書いてくださったものを読んで、そう思ったら、急に涙が出てくるのに、先生が、話してくださったときは、やっぱり私はとまどって、心がそのときは動かなかったのです。
「かっこさん、よい理解者を連れてきてくれてありがとう。よい人たちがたくさんいることがわかりました。よい人たちをつなぐ仕事を続けてください。よい人たちのつながりをもっと広げてください。理解してくれる人たちももっと増やしましょう。願いはもっといろいろな人たちと出会うことです。もっとよい人たちのつながりが広がることを願っています。よい人たちのつながりをもっと広げてください。よい人たちのつながりをもっと広げて、願いをかなえてくれるよう私も祈っています」
何度も同じ言葉が出てくるのは、宮ぷーの中にその願いがとても強くて、それが先生の中で、広がって同じ言葉として出てくるのだろうかと私はそう思いました。宮ぷーは国語の先生で、いつも私の本の校正もしてくれていたから、文章を綴ることにすごくこだわりもあります。よい人たちという言葉を繰り返し使うことは、宮ぷーらしくはないのです。私はそのときに、まだまだ一文字ずつスキャンをしているということにこだわり過ぎていたのです。
「留守の間、世の中がどんなふうに変わっているのか心配です。のんきに考えることにしていますので、論文がんばってください。書いて欲しいです」
「宮ぷー、論文というのは、日記を早く本の形にしてほしいということ?たくさんの人に早く読んでもらいたいということ?もうね、ワードのページで300ページくらいあるから、それを本の形にしたら、何百ページにもなってしまうよ」
宮ぷーの中の言葉がきっと論文ということばになって、先生の中で広がるのだと思うのだけど、宮ぷーは論文と言う言葉を何度も使いました。
「論文が私の夢です。僕のことが論文になれば、たぶん誰かの役に立つと思います、それが僕の生きている証になると思います。よい論文を書いてください。よい論文ができたら見せて下さい」
「柴田先生、宮ぷーは私が論文を書かないことを知っています。論文は先生の世界の言葉ですね。どうして論文って言うのでしょう」
「本当ですね。論文は僕の世界の言葉ですね。本のことを言っているのかな?本の形にしてほしいのかな?」
先生がまた宮ぷーに聞いてくださいました。
「わからないけれど、論文という言葉が出てきてしまいました」
やっぱり、そうだと思うの。どこかで二人の辞書が交わるところがあるか、先生が宮ぷーの心を読み取っているのだ。それで、宮ぷーが使うはずのない言葉を使うのじゃないのかな?
私は自閉症の子ども達が繰り返しのリズムの中で揺れたり飛んだりするのを知っています。祈るということも、繰り返しのリズムです。そしてそのリズムのとき、原始脳が活発化して、不思議な力を子ども達が見せてくれることがあります。
唐突だけど、私たちは古くから祈り続けてきました。世界中のどんな地域でも、そして、どんなに大昔であっても、私たちは祈ると言うことをし続けてきました。そのとき、繰り返しのリズムで、揺れたり、巡礼のように歩き続けたり、ある言葉を言い続けたりして、神さまの言葉を読み取ろうとしてきたのだと思うのです。
私たちの身体の中に、確かに、宇宙とつながる方法がそなわっているのだと私は思います。そして目の前でみせてくださっていることは、そのことと無関係のようには思えないのです。先生はこうしていると、言葉がわき上がってくるように思いますとおっしゃいました。だから、きっとそう。きっと先生がスキャンをしておられることと、繰り返しのリズムで原始脳が活発化するということは、きっと関連があると私は思います。けれど、先生のスキャンの方法ともうひとつたどたどしくスキャンをしていく方法があります。その方法でも、少しの文字なら、その人の思いを知ることができると言います。それはきっと、私たちの思いは、柴田先生のところへ伝わるほど、はっきりとしていなくても、一文字一文字を、同じような方法で、読み取れるのかもしれません。

ともかく、宮ぷーが、私が日記を書いていることをすごく喜んでくれていて、私がそれを毎日読んでいることも、生きることの支えにしてくれていることがわかって、私はとてもうれしかったのです。
ねえ、宮ぷー、宮ぷーの言うとおりだよ。絶対にそうだよ。宮ぷーの生き方はすごくたくさんの方の勇気につながるよ。絶対に絶対にそうだよ。みんな誰もが気持ちを持っていて、それを伝えたがっているということも、生きることの意味も、きっと宮ぷーは伝え続けているよ。
また宮ぷーの目が柴田先生をみつめていたのです。
「先生、宮ぷーが何か言いたがってる」「ああ、この目の時は気持ちを言いたいときなんですね」
「はげみになっています。不思議ですが、僕の気持ちです」
宮ぷーは何度も何度も、柴田先生に、毎日書いている日記のことを伝えました。この日記を一日も早く本にして、みんなに読んでもらいたいと思っているのですね。
わかったよ。宮ぷー。どうやってすすめたらいいかわからないけど、私、毎日どんな日も日記を書くね。

「マクトスについてはどう思っているのでしょう?」
先生がまた伝えてくださいました。
「マクトスはむずかしけれど、可能性を感じています。夢みたいな装置です。よい装置だと思います。マクトスを頑張ります。よろしくお願いします」

先生は1時から夜になるまでいてくださいました。
私は先生と奥様が帰られたあと、涙がとまらなくなりました。私は今まで宮ぷーに、頑張れ頑張れって思ってきた、私も一緒にするよと言いながら、宮ぷーがかすかでも動かしてくれるのを待っていた。でも先生は違うよ。先生はご自分が動くことで宮ぷーの思いをくみ取ろうとしてくださいました。
私はそんなこと、考えもできなかった。いつも、宮ぷーにばかり頑張れ、頑張れって
私は涙がとまらなくて、また眠れなかったよ。

この不思議な手を振る方法で、子供さんの思いを文章にされてきた先生はきっと今まで何度も、いろいろな方にきっと、そんなこと嘘じゃないだろうかって思われてこられたのかもしれないなあと思いました。そんな誤解があっても、たくさんの子ども達や大人の人が、すごく喜んでうれしくなって、幸せな気持ちになるのを見られるのは、とてもうれしいことだなあと思って続けておられるのだろうなあとも思いました。
先生のことも、奥様のことも、私は、本当に大好きになっていることに気がついて、どうして先生と出会えたのかなあと思うのです。

宮ぷーはこんなふうにもそのとき、柴田先生の手を通して言っています。
「よい人たちがつながり、ろうそくの火がともったような気がします。気持ちを伝えるという本当の意味がわかった気がします。よい理解者が現れて、本当によかったです。勇気が湧いてきました。
伝えることの本当の意味は、心を伝えるということだと思います。よいやり方だと思いますが、本当の伝えあいはやり方をこえるものだと思います。心が一番大事だと思います。のぞむのは、大切な心を伝えられれば、それでいいです」

宮ぷーは本当にどんなにどんなにうれしかったことでしょう。どんなに救われた気持ちがしたことでしょう。

柴田先生に、先生の手を置いていって欲しいなんて私は冗談で言ってしまったけれど、それはきっと宮ぷーの気持ちでもあったでしょう。柴田先生は当たり前のことだけど帰ってしまわれます。

柴田先生の方法を私はあれから練習しています。でも、なかなか習得することができずにいます。
マクトスやハーティーラダーを上手になることは、宮ぷーにとって、すごくすごく大切なことです。柴田先生は東京の方です。私は柴田先生の方法をあれから練習していますが、なかなかかすかな重さの違いを感じることができずにいます。それから、手のかすかな動きや目の動きで、なんとかハイとかイイエを汲み取ることができるだけです。マクトスと、吉村さんのハーティラダーを何とか使えるようになって、誰にでも、気持ちを伝えることができるようになって、多くの人と気持ちを通わせるようになりたいと、いっそう思っていることがわかりました。
宮ぷーはこんなにたくさんの思いを持っています。マイナスのことを少しも言わずに、勇気を持って生きて生きたいと思っています。
そして、私が書いてきた宮ぷー日記。宮ぷーの毎日毎日の様子を、たくさんの人に読んでもらいたいとすごく思っていて、生きがいだと言っている。生きている証だとも言っています。
でも、もうすでに、本にすれば、何冊分にもなってしまう量です。けれど、私は、この日記を抜粋した本にすることはあまりいいことじゃない気がします。
倒れてから、毎日毎日の宮ぷーの様子や、がんばり、そばにいた私の感じたこと、多くの人の祈りが届いていって、生きることを取り戻していった宮ぷーの日記を、抜粋することなしに、文庫本のような形にしていけたら、それがどんなにいいだろうと思いました。

けれど、そんなこと、できることでしょうか?

私はその日から、柴田先生が伝えてくれた宮ぷーの思いを何度も繰り返し読んでいます。そして、なんども宮ぷーの手を振り、でも、わからず、でも、あきらめずに続けています。そして、私なりの方法をみつけられないかと思っています。
宮ぷーは、お昼にはマクトスを上手になろうとがんばっています。まだ、すごく念じてやっとスイッチがはいるという感じで、なかなかそれでワープロを扱えるところまではとてもいきません。でも、あせらずに、私も柴田先生のように宮ぷーの思いを汲み取りたいし、宮ぷーもまた、あきらめずがんばり続けると思います。
柴田先生の方法がもっと一般的になったらどんなにいいだろう。脳幹出血という病気で、意識がないと思われているお父さんと一緒に毎日を送っておられる方や、赤ちゃんと一緒におられる方と私は、お会いしたことがないけど、ネット上でお友達になったよ。みなさん、心を通わせることをどんなに望んでおられることだろう。そして、ご本人もどんなに、そのことを望んでおられることだろう。


本のこともきっと宮ぷーの思いを形にしたいです。だって、宮ぷーは本当に、毎日、すごく懸命に生きています。
痰がひっかかりそうになって、苦しかったり、胸や顔がぎゅっとなって、すごく痛んだり、目が真っ赤になったり、舌を噛んでしまって、いっぱい血が出たり・・・
いろんなことがあっても、本当に一生懸命生きている。
そのことを思うと、いつも涙が出そうになります。
そんな宮ぷーが望んでいること。
僕の日記を書いてそれをはやく本にしてほしい。それを見たいという思いを、私、なんとか形にしたいです。いつも宮ぷーを応援してくださっているみなさんにもいつか本として、宮ぷーの毎日を読んでもらいたいです。
書き続けて、それを宮ぷーに読むことが、大変な毎日を送っている宮ぷーにとってもとてもうれしいことだとわかったから、書き続けて、そして、なんとかたくさんの方に読んでいただけるようにしたい。でも、何冊も本を出していただくなんて、そんなこと、とうてい難しい・・・でも、日記の形であることが大切、抜粋しないことが大切。いったいどうしたらいいのでしょう。どうどうめぐりをして考えています。


今日の映画上映会だって、たったお一人の思いが、形になった。
大きな岩をも動かす力で動かないことが、葉っぱを揺らしている風が吹くだけで、何かが起きたり変わったりすることがある。

いい智恵はあったら、どうぞ教えてください。お願いします。

今日の講演会の始まりを作ってくださった方がくださった天使のお人形。なんて可愛いのでしょう。ありがとうございます。天使大好き。

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明日は仙台に行きます。

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コメント
この記事へのコメント
宮ぷーの気持ちを感じて、かっこちゃんに伝えてくれた人がいたんだね。とっても不思議な方法・・・。
すごいなぁ・・・と思いながら、想像してみるけれど、どんな方法なのか想像がつかないでいるよ。

柴田先生がどんな風にされたのか
わからないでいるけれど、なんだか
読んでいたら涙が溢れてきたよ。

宮ぷーは、かっこちゃんに日記に書いた自分のことを本に
してほしいって言ったんだね。
すごい・・・。あたしも今日、同じ
こと思ってたんだよ。宮ぷーのことを本に書いてほしいなぁって思って
いたよ。すごいなぁ・・・。
宮ぷーと同じ事、考えていたなんて。かっこちゃん、いつか本にしてね。待ってるからね。

2009/08/23(日) 00:05 | URL | ★ひろっちぃ~☆ #eYj5zAx6[ 編集]
あきらめないことって大事なんですね。世の中には私が知らないことがたくさんあることを知りました。すごいです。
2009/08/23(日) 00:18 | URL | yuko #-[ 編集]
初めてコメントする者です。
伝えること、つながることが大切だって思えた方が、幸せなんですね。
僕も心の奥底では、そういうのを望んでいた気がします。
勇気をもらえたので、ちょっとがんばってみます。
2009/08/23(日) 05:12 | URL | 成望 #-[ 編集]
言葉を発せなくても気持ちを伝えられる方法が早く出来るといいです。

宮プーの本が出来たら嬉しいです。

私も、人の気持ちを感じられる人になりたい。

2009/08/23(日) 05:39 | URL | kayoman #-[ 編集]
おはようございます。
昨日、筒井タケオさんのライブが夜あってね、その帰りに電車の中で読んでいたよ~。
もう、釘付けになって、ちゅうに説明しながら読んでいたよ~。

すごい体験があったんだね~。
ほんとに、そんな風に想いを読み取れるようになりたいね。
詳しく知りたいなぁ。

きっとそれは、外国語の通訳とおんなじだよね。それと、日本語でもかためのことばを話す人と、やわらかめのことばを話す人といるみたいにね。

私、空に帰った母の想いを教えてもらった時、かっこちゃんとおんなじ気持ちだったよ~。
え~っ、これが母の想い?なんだか、違うなぁ~とか、でもそうだな~とか。
その時はね。最初の言葉が、「ごめんね~。」っていう言葉だったの。
その声が、母の声そっくりだったの。
だから、多少ことばが違うかな~って思っても、それはそれだな~って、頭の中でパチンパチンと、変換できたんだよね~。

きっとね。かっこちゃんが、読み取れる人になって、宮ぷーのことばを受け取れて、いつしか、他のこまっていらっしゃる方のお手伝いできる時、今回の体験がとっても役に立つと思う。

そのことばの差?ってそうやって埋めるんじゃないのかな~。きっと。

理解するって、ことばの端々でもないでしょ?

ほんとに、ほんとに、よかったね。

鹿児島も、うれしいな。

宮ぷーの本、たっくさん書いているから、すごいことになっちゃうね~。

ほんとに、この生まれてくる本で力をもらう人、たくさんいるよね。

良い感じになると良いな~。


仙台、気をつけて行ってらっしゃい。

かかわられるみなさんが、ほんとに、すてきだな~。

良い日曜日になりますようにe-256
2009/08/23(日) 08:01 | URL | Olivia Candle Sunshine #iBbSDt2Y[ 編集]
言葉を越えて心を伝えること。
よい人といっぱいつながること。

宮ぷーさんの気持ちが私にも届きました。

かっこさん福山で待っています!!
2009/08/23(日) 13:21 | URL | お寝坊母ちゃん #-[ 編集]
上映会,感動しました。「いつかいい日のために」今があるんだな,今のままで大丈夫なんだな,って心から思えました。本物のかっこさんに出会えて,嬉しいです。腰は,大丈夫ですか。
2009/08/23(日) 19:28 | URL | マミー #7yu2AX4I[ 編集]
こんにちは。
数ヶ月前から宮プーさんとのことを読ませていただいております。

宮プーさんの心を感じ取る方法が一つ見つかりましたね。
他にもいくつかの方法があるのだと思いますが
今回の柴田先生とのコミュニケーションはまず一番に
宮プーさんにとって、どんなにホッとしただろう…と思って
読ませていただきました。

宮プーさんをそばで見続けているかっこちゃん…
どんなにか宮プーさんと心を通じ合わせたいと思っているか…
必ず、現実となる時が来ます。私もみなさんと一緒に応援しています。
2009/08/23(日) 20:23 | URL | にゃん #-[ 編集]
かっこちゃん。
柴田保之先生との出会い、読ませていただき感動しています。
かっこちゃんと宮ぷーにとって必然的な出会いだったんですね。
『マクトスと、吉村さんのハーティラダーを何とか使えるようになって、誰にでも、気持ちを伝えることができるようになって、多くの人と気持ちを通わせるようになりたいと、いっそう思っていることがわかりました。』
不可能と思われていた意思疎通に光明を感じました。きっと宇宙の約束からかっこちゃんと宮ぷーへのお願いなんでしょうね。私の娘をはじめ多くの方に夢を与えてくれると思います。素敵なお話、本当にありがとうございます。
2009/08/24(月) 00:05 | URL | 渥美 覚 #-[ 編集]
ノーベル賞が欲しいなあと思いました。
2009/08/25(火) 12:21 | URL | のほほんももんが #-[ 編集]
かっこちゃん、超人的スケジュールの中を,宮ぷーさんと,柴田先生のこと、そしてあなた自身の思いをシェアーして頂きありがとうございます。

かっこちゃんならできますよ!
今までも,宮ぷーさんと魂どうしでお話されて、日記を書かれていたのですから。。。

今までどうりに宮ぷーさんの心とかっこちゃんの心と会話しながら柴田先生の方法を組み込んで行かれれば、きっと、かっこちゃん式の方法が見つかるとおもいます。
かっこちゃんのハートのままに。。。

宮ぷー日記のこと応援します♡

2009/08/27(木) 23:14 | URL | Babbie. #4emE0uRU[ 編集]
この文章を読んだ時にすぐコメントしたかったのですが、名前が思い出せなくて書けませんでした。
今日、図書館で本を見てあっ!!と思い出しました。
「日木流奈くん」でした!!!
かっこさんの文章を読んで「流奈くんと一緒だ!」と思ったのでした。
以前、NHKのドキュメント番組で初めて映像の流奈くんとお母さんのやりとりを見たとき「ウソだ~」と思いました。
その後もいろいろ批判があったと聞きます。
けれどやはりそれはお母さんが流奈くんの気持ちを汲み取っていたのだろうと思います。
たとえ文字盤を流奈くんが見ていないとしても…
宮プーさんがよくなるようお祈りしています。
2009/09/02(水) 23:33 | URL | こうさママ #-[ 編集]
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